過ぎし日々は2000年の秋で、そのころは「ドキュメント解析」の日常だった。詳細は、当時の微文積文を参照してもらいたいが、それこそ、当時は、口から飛び出すものすべてがネタであるといっても過言ではないくらいに、雑文製造機と化していたものだ。なにしろ、それまでは月に平均して1,2回の更新頻度だったものが、週イチで、しかもあるテーマに沿って書いていたのだから。我ながら、馬鹿(いい意味で)な時期だったと思うが、口には出さぬものの、内心そうだと思っていた人も少なからずいたのではないかと思う。
当時というと、修士課程の1年で、研究室の引っ越しだの、海に行って怪我をしただの、学会でノートPCが使えず、大会本部でアタマを下げたりだの、ネタには困らない日々であった。あれから3年。雑文も書かなくなったものである。もう、2年半も書いていないのか…。
実のところ、今回、第六回雑文祭というのが開催されるのを受けて、いいチャンス!とばかりに、書かんと思ってみたのだが、やはり、時間がとれなかったり、いいネタを思いつかなかったり、お題の縛りがきつかったり、という理由があって、復活には至らなかったのであった。
またいつか、思いもよらぬころに、微文積文が復活することもあるやもしれない。それまでは、Extra Stage のほうで、ネタを忘れずに生きていきたいものである。
某所より引用。
社会人になるといいなあと思うのは、「自分で自由にできる給料」をもらえるからだ。これは政府や軍に出してもらっている金とは基本的に違う。ほんものの経済の中を動いて自分のところにまわってきたおカネなのである。そりゃあ気分がいいだろうよ。おまけにそれは純粋な (楽しくない) 労働の対価として支払われるのだ。基本的に仕事は楽しくないほうが堂々とお金をもらえるだろうと思う。だからなに??
なるほどね、そういうことね。なんとなく納得。…しているのは異常の証かも。
ちなみに、今の仕事は楽しくなくないです、だって(後略)
プロジェクトルームに常置している個人用 PC に Apache と ActivePerl を叩きこみ、さらに、YukiWiki を入れてある。
Wiki ならばなんでもよかったのだが、日本発、Perl ベースということで、YukiWiki にした。
少しずつメモを書きつつ、チームメンバに広めていこうと画策中である。
- 開発環境について
- 保守/運用メモ
- 実装のための TIPS
などなど。まだまだ書きたいことはあるが、時間とのお見合いだ。
今日の Wiki 関連メモ。明日以降に書き写すこと。
- WikiName を使用すること。日本語のページ名でもよいが、自動リンクなどの機能を考えると、大文字小文字の WikiName が正しい。
- 英字の組み合わせで名称をつけることは、変数名のつけ方のセンスにつながると思われる。
- Wiki の規則で本文を記述すること。文章の構造化を知っているか。シンプルな構造を知っているか。
今日の Wiki 関連リンク。
Wiki の話 ですが。
Perl で書かれていることは、今回の僕にとって絶対に必要な条件だったりする。Ruby や Python や PHP や Java や Scheme で書かれた Wiki もあるのだけれど、セットアップが楽なのは CGI だし、さっくりと触れるのは (僕の既存能力的に) Perl がベストだったのである。というわけで、当然、中身を改造することも、ターゲットにある。
WalWiki ってのは、YukiWiki への機能追加版である。よって、WalWiki への改造は、YukiWiki への改造にも有効なのだ。
はじめから WalWiki にしろよという声も、自分の中から聞こえなくはないが…。
まあ、もちろん、仕事中にこんなこと (改造) をやるわけにもいかないのではあるが…。
いい感じにひどい状況です。思わず Alt+PrintScreen です。他人のところを見て、そういえば?とか思って、普段は絶対に開かないところを開くからいけないのです。ぁぁ…。
時間がなければ、正しい答にたどりつけない。もしかしたら、時間があってもたどりつかないかもしれないが。
命題がはっきりしていなければ、明快な解にはたどりつけない。もしかしたら、はっきりしていてもたどりつかないかもしれないが。
知識がなくては、正しい解にはたどりつけない。もしかしたら、知識があってもたどりつかないかもしれないが。
一瞬のひらめきを言葉にする力、見えないものを見る力、不可能を可能にする力、今はなくてもよいかもしれないが、今すぐに持っていても困りはしない。こたえにたどりつくための方法が得られなくては、存在の意味などない。
デスクトップにたまっている「インターネットショートカット」の掃除。(カッコ内は、作成日時)
ひたすら脈略も文脈もありません。解説もありません。いまとなっては意味もわかりません。掃除とはそういうものです。
っていうか古いものばかりだな。まあ、11月からメモを再開しているから、新しいものはメモにされやすいわけだが。
2002年は、転機として、大きなラインである、学生to社会人があった。まず、修了、3ヶ月のフリータイム、社会人開始というイベントがあったわけで。
対して、2003年は…と考えると、仕事的には同じプロジェクトであり(といってもチームは変わっているが)、社交的にも世界は広がっていないのが正直なところ。そういえば、社会人2年目に入って、オフィシャルな評価を下されたというのはそれなりに大きなイベントだったかも。(弊社の場合、評価はその次の年の給与に直結するので、かなりシリアスな問題…)
その他、人間関係関連としては…、来年あたりに影響しそうなことがいくつか、どうなることやら的。生活的には、ますます不健康になりつつ。そうだ。そういえば、引越しをしたのであった。…そんなところか。
基本的には、年の変わり目にそこまでの意味を見出さないというのは変わっていないつもりなので、継続を継続していくつもりである。