人間というものは理性的な生物であると考えられている。少なくとも、他の動物に比べれば、感情のままに、あるいは、本能のままに行動するということは少ないように思われる。食事の前にベルを鳴らし、そこで食事をとらせるということを続けた場合に、もし、食事でも何でもないのにベルを鳴らすと、思わずよだれを垂らす、といった「パブロフの犬」ではない。われわれはそうではない。しかし、本能のままに、条件反射的にやってしまう行動というのは、高度に進化した人間の中にもあることはよく知られた事実である。
お菓子の箱に入っている、通称「ぷちぷち」(正式名称は「エアーキャップ」というらしい)が目の前にあると、諸君はどうするだろうか?
「ぷちぷちしたい!」という欲求がわきあがってくるに違いない。そして、その後の行動は人によって異なる。あるものは、端のほうから順番に、ぷち、ぷち、と鳴らしていく。あるものは、ランダムにぷちぷちとやっていく。そしてあるものは、おもむろにシートを巻きはじめ、ぷちぷちぷぷぷぷぷちっとばかりに、しぼるのである。そして、しぼったあとで、隣に人がいたならば、そらどうだ、やりたかっただろう、とばかりに笑うのだ。あーっはっはっは。
先日から、私の所属する研究室の引っ越しがはじまっている。まずは実験室の引っ越しなのだが、壊してはいけないものが大量にある。このような場合に、あの「ぷちぷち」が活躍するのだ。しかも、お菓子の箱に入っているようなけちな代物ではない。幅1メートルばかりのシートが、さながら大きなラップかホイルのように巻かれているのである。ここで、あの「ぷちぷちしたい!」の欲求が出てこないわけはなく、私はその感情に押し潰されないようにするのに必死だったのはいうまでもない。あれほどの大きさがあると、「ぷちぷちしたい!」なんて可愛いものではすまない。「ぷちぷちしてぇぞぉ、でへへへ」と危険なレベルに達しているのだ。思うに、欲求というのは対象の大きさに比例して大きくなるものではないだろうか…。
当然のことながら、ぷちぷちしてしまうと、緩衝材としての役割を果たさなくなるばかりでなく、私の人間としての尊厳さえ疑われてしまう。だが、その欲求にはかなわなかったのである。おもわず、1個だけ、ぷち、とやってしまったのであった。いや、2個か3個かだったかもしれないけれども…。人間の欲求とは、恐ろしいものなのである。
今のような、「モノ」が欲求の対象である場合があるが、それ以外にも欲求の対象となるものはある。先日、テレビを見ながらうとうとしていたのである。しかし、ある瞬間、思わず、上体が起き上がり、右手は「く」の字になってひたいの上にあったのだった。なぜなら、テレビから、「なーいとーぶふぁいあー」と聞こえたからに相違なく、気がついた自分は戦慄を感じたのだ。旋律ではない。戦慄を感じたのだ。あーパラパラにここまで毒されているのか…。
さて、最後に、実体のあるモノや、音楽といったもの以外でも、有名な、反射的衝動を呼び起こすものを紹介したい。
何か仕事を成し遂げた、あるいは、困難な勝負に打ち勝った、自分を誉めてやりたいようなことを成した、そしてつかれきっていた、そんなときに、両手を上に挙げるのだ。おそらく多くの人が、思わずこう言わずにはいられないだろう。
「えいどりあ〜ん!」
そう、思わず体の中から沸き上がってくるパワーは、理性などでは説明できないのである。
えいどりあーん!