シリーズ化してお送りしている「ドキュメント解析」であるが、2001年になってから更新が滞っているという状態になっている。別にこれは、忙しいというわけではなく、ネタをあたためているからでもなく、ただ単に怠慢なだけである。といっても、このような駄文を書くのに怠慢も何もあったものじゃないとも思う。怠慢ではないということは、勤勉であるということであり、駄文を書くことに対して勤勉であるというのは、それもまたまずいことなのではなかろうかと思うのだ。
そうはいうものの、残すところ、今回を入れて3回となった。今回、すなわち第11回目のテーマは「勝負」である。講義のほうでは、後半戦は、各チームが順番にテーマを出していっているのであるが、このテーマは私の属しているチームによるテーマなのである。しかも、私の出したテーマなのであるから、楽々と書けてもよかったものなのではあるが、まあ、なにぶん、怠慢なものであるから…。そういうわけで、こういうことになっているのであった。
勝負というと、対戦相手を思い浮かべるが、ひとりで行う勝負というのもある。いや、「自己との闘い」などという高尚なものではない。誰しも経験があるのではなかろうか。家に帰るまで、日の当たる場所だけを踏んで帰る、というやつである。
「踏んで帰る」くらいの心ではいけない。「踏んで帰らなくちゃいけない」くらいの決心でなくてはならないのだ。そしてその勝負を始めた瞬間に、ただひとりの世界に入ってしまうのである。なにしろ、影を踏んでしまったら、「負け」なのである。負けると、やはり、究極の勝負なのであるから、「死ぬ」のである。死んでしまうのだ。これは真剣勝負なのである。イメージとしては、ひなたが陸地で、影は海なのである。そして、ひなたと影の境界は、断崖絶壁なのである。これは、踏み外せば、当然のことながら、「死ぬ」のである。油断してはならないのである。
スタートした直後は、順風満帆といった感じである。なにしろ、ひなたの部分が連なって、道をつくっているからである。もちろん、家々の屋根の形にぎざぎざと曲がってはいるが、それくらいは予想のうちなのである。ときに、電柱が突っ立っていて、大きな一歩を必要とするかもしれない。しかし、それくらいの困難は、冒険にはつきものなのである。
ところが、彼の目の前に、突如、敵が現われた。向こうから、車が迫ってくる。まずい、車の影が迫ってくるのだ。ピンチである。これに飲み込まれてしまったら負けである。死んでしまうのである。車が目の前を通りすぎる直前、彼は渾身の力で飛び上がった。着地したとき、車はすでに後ろであった。こうして、彼は迫り来る敵から逃れたのである。
移動物体の影とは言えども、影は影。触れれば死んでしまうのだ。うまく避けなければならないのである。
その後、彼は、フェンスの穴のところだけをバレリーナのような足どりで通り抜け、カーブミラーの反射光が道路に当たったところを使って影だらけの曲がり角を通り抜けるという冒険を繰り広げた後、あと少しでうちにたどりつくというところまでやってきた。そこで最後のピンチが訪れたのである。
先ほどは前方からやってきた車であったが、今回は後方からであった。普段ならば気がつかなかったであろうが、今の彼は、周囲の敵に敏感な、戦う勇者である。徐々に迫り来る低い咆哮を頭の片隅でとらえ、振り返ったのである。こうなれば、敵の攻略はもはやお手のものである。タイミングを合わせてジャンプ! そして、着地したとき、彼は、死んだ。
「おかえり…。って、あんた、なにやってるの?」
彼の息の根を止めたのは、買い物から帰ってきた母親が停止させた車なのであった。彼の勝負は、そこで、あっけなく終わったのである。
しかし、彼に教えてあげなくてはならないことがある。彼の勝負は始まったときから終わっていたのだ。彼の靴の直下は、常に、いつでも、日は当たらない。つまり影なのである。